考えすぎる人には、積極的無防備はどうでしょう

私だけの1本を選ぶことに集中する
私だけの1本を選ぶことに集中する

先日、友人からこんな話を聞きました。

 

「自分では自己肯定感が高いなんて思えない。でも、周りからは成功者のように見られてしまって、何気ない振る舞いが誰かの気に障ることもあるみたいで……」

 

私たちは、知らず知らずのうちに自分を厳しく採点し、同時に他人のことも「誰かの決めた物差し」で測ってしまうことがあります。 上を見ればきりがない比較のループ、報われないと感じる社会……。そんな中で、自分を保つのは本当に難しいことです。

 

時には誰かと比べて「自分はまだ大丈夫」と安心することで、かろうじて心を保つ瞬間だってあるでしょう。人は、比較から逃れられない生き物なのかもしれません。

 

けれど、私がこれまでお会いしてきた方々の中で、「この人は自分を肯定しているな」と感じる方には、ある共通点があります。

 

それは、驚くほど気持ちよく「諦めている」こと。

できないことは「できない!」と笑い飛ばし、自分の不完全さを「ワハハ」と受け入れている。主体的に生きている人ほど、自分を許すのが本当に上手なのです。完璧なんて、そもそも無理なんです。

 

人生には必ず終わりが来ます。 そして、この動ける「今」を変えられるのは、自分自身しかいません。 失敗したことや恥をかいたこと。気にするのは自分だけで、他人は案外覚えていないものです。なぜなら、皆、自分のことで精一杯ですからね。

 

今日は、自分のためにどんな「楽しい選択」をしますか?

 

当店のような場所で横たわり施術を受ける。何気ないことのようで、これは自分を許している行為です。何も見えない中、体を他人に任せているのです。これは自分を許している時間とも言えます。頭で考えすぎだと感じる方は、積極的無防備な時間を取るといいかもしれませんね。